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河北新報に当社代表光山の寄稿が掲載されました
4/29(火)付の河北新報 朝刊に、当社代表光山の寄稿が掲載されました。
本寄稿では、昨今の国際情勢をふまえ、東北の稲作農家が直面している深刻な課題を解決し、持続可能な農業支援をするためにはどのような政策や支援が必要なのか、解説・提言させていただいております。
以下に、掲載された全文をご紹介いたします。ぜひご一読くださいませ。
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『米どころ東北が問いかける──保護主義時代の食料安全保障と国際協調』
近年、保護主義的な通商政策が各地で注目を集めています。アメリカのトランプ大統領が打ち出した「相互関税」は、その象徴例といえます。米国に報復関税をかけない国には一時的な関税引き下げや猶予を与える一方、対抗措置を取った国には大幅な関税を課すという、対立色の強い手法です。
この潮流のなか、日本も対米貿易交渉で大きな決断を迫られています。自動車や農産物などの追加譲歩を求められれば、国内産業の打撃や食料安全保障への懸念が高まります。
東北の稲作農家は、減反政策や高齢化による担い手不足など、多くの課題を抱えてきました。日本の基幹的農業従事者の平均年齢は67.9歳に達し、若い担い手の確保もままなりません。それでもコメは地域の文化や暮らしを支え、四季折々の風景とともに人々の生活を豊かにしてきた柱です。
近ごろは米価が上昇し、生産基盤の重要性が改めて注目されています。もし輸入米が大量流入し、米価が大きく変動すれば、農家の経営は困難に陥り、農村の活力が失われかねません。さらに、近年は気候変動による異常気象の増加など、農業を取り巻く不確実性が高まっています。こうした状況を踏まえても、国内で稲作を続ける意味は一層大きくなっているといえるでしょう。
しかし、関税を今までどおり高く保つだけでは、世界貿易の潮流や他産業とのバランスを欠く恐れがあります。そこで「関税引き下げと農家への直接所得補償の両立」に注目したいのです。欧州連合(EU)などはWTOの多国間協定を前提に輸入農産物への関税を引き下げる一方、国内農家には直接支払いを行い、生産基盤を維持してきました。消費者は多様な輸入品を安価に入手でき、農家も安定した所得を得られる利点があります。
私自身、英国駐在時にガット・ウルグアイ・ラウンド農業交渉で、欧州が域内価格の大幅引き下げを迫られていた状況を現地の報道で知りました。その際、EUは支持価格の引き下げと同時に生産者の収入損失を補う「補償支払」を導入し、輸入品との価格差を埋めながら国内農業を守る仕組みを整えていたのです。
今後、もし米国の要請で市場開放や関税引き下げが避けられないなら、そのときは農家支援策を同時に用意すべきです。農地を維持することは、食料安全保障だけでなく、水田が果たす洪水防止や環境保全などの多面的機能にもつながります。直接所得補償によって厳しい経営でも田んぼを手放さずに済めば、担い手不足への歯止めも期待できます。
財源や制度設計の課題はありますが、トランプ大統領の「相互関税」が示すように通商環境は流動的で、高関税を単独で守り通すのは難しくなりつつあります。だからこそ、保護主義に対抗しつつ農家を支え、国際協調にも応じられる仕組みが必要です。
コメは私たちの主食であり、農業は国土や地域と結びついた産業です。東北の農村を守りながら、世界の潮流とも共存していくには、関税を下げてもそのぶん直接支援を手厚く行うアプローチが欠かせません。国会や行政、専門家の皆さんには、欧州型モデルを参考に、日本の実情に合った制度を早急に検討していただきたいです。
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〜当社代表光山より 皆さまへ〜
紙幅の制約上、誌面では詳述できなかった論点につきましては、以下に私案として補足を試みました。
お時間のあるときに目を通していただけると幸いです。
1 米価高騰は構造問題――「山火事」ではなく「地殻変動」
今回の米価上昇は、倉庫の在庫が薄くなったという単発のトラブルではなく、減反補助金の逆インセンティブ、高齢化と離農による労働力喪失、円安による肥料・燃料高、インドの輸出規制などで緊張する国際市場、そして気候変動リスクという「五重苦」が同時に進む「地殻変動」です。 備蓄米の放出や緊急輸入は炎を一時的に弱めても、燃える下草を取り除かない限り再燃は避けら れません。制度から人口動態、マクロ経済、国際情勢、気候変動まで複合要因が絡むため、問題は長期的・構造的に解決する必要があります。
2 EU 型「直接所得払い」という選択肢――「収量依存」から「土地依存」へのパラダイム転換
EU は1990年代に価格支持型補助から面積ベースの一律給付へデカップリングを進め、生産過剰を減らしつつ農家の所得安定を図りました。2003年改革で「作物を問わず土地に紐付く支払い」が原則化され、市場価格を歪めずに農家を支援する仕組みが完成。飼料穀物・油糧種子への転作が進んだ結果、国際価格高騰時には EUの余力が世界市場のショックアブソーバーとして機能しました。最新の政策パッケージでは「エコスキーム」を通じ環境義務も組み込まれ、生産支援と気候行動が一体化しています。日本が同モデルを移植すれば、コメ依存からの転作や法人化が進み、遊休農地の再活用と多面的機能の維持を同時に実現できるはずです。
3 財源とマクロ健全性――「財政スペース」は十分にある
日本の国債はほぼ全て自国通貨建・国内保有で、「政府の支払い不能=名目破綻リスク」はきわめて低いと国際的にも認識されています。財政運営の実質的な制約はインフレと実物資源の二つだけです。本施策は農地を維持し、労働・資本の流動性を高めることで供給サイドを底上げするため、むしろインフレ抑制に寄与します。必要額はGDPの0.1%程度――年4,000億円規模―― に過ぎず、政府部門の手元資金や余剰流動性を適切に吸収する安全弁としても機能します。要は「使い道の乏しいカネ」を「食料安全保障」という優先度の高い公共目的に振り向けるだけで、 マクロ健全性には影響がほとんどないということです。
4 私案としての制度設計イメージ――「減反廃止+面積払い+環境義務」の三位一体
専門家ではない立場からの私案ですが、第一に残存する減反補助を2年以内に段階的に廃止し、その財源を面積ベースの直接支払いに全量振り替えます。第二に、給付要件として耕地の貸借・集約化を進める契約、若手への承継計画、そして水管理・温室効果ガス削減といった環境基準を設け、経営規模の拡大と気候行動を同時に促します。第三に、気象指数保険の公的支援枠を拡充し、備蓄偏重のリスク管理を保険・分散型にシフト。こうした三位一体の枠組みなら、供給拡大・ 環境負荷低減・財政平準化をワンパッケージで達成できます。
5 200 €/ha を採用した根拠――「EU が最低限と定義したフロア」を保守的に引用
EU共通農業政策(CAP)の「外部コンバージェンス」規定は、支払い水準が加盟国平均で2023年に200€/ha未満にならないよう下限を設定しています。私は「EUが農家の基礎所得を守るため最低限必要と公式に認めた数字」をそのまま試算のフロアとしました。日本の水稲作付 135.9万haに適用すると年4,100億円と算定され、農業関連歳出1.9兆円の範囲内に十分収まります。また、EUの平均並み240‒250€/haを用いても総額は5,000億円弱で、財政余地としては依然許容範囲だと思います。
6 財政規律論への応答――「将来世代の借金」より「将来世代の実物負債」
「国債は将来世代への借金」という懸念は、通貨発行権を持つ政府に名目破綻リスクがほぼ存在しないという事実を踏まえる必要があります。真に怖いのは貨幣的負債ではなく、食料不足や高価な輸入米といった 「実物負債」を後世に残すことです。直接所得払いは農地集約と技術投資を後押しし、中長期的には国内農業の生産性を底上げして財政効率も改善し得ます。支出規模は小さく、インフレを加速させたり民間投資を押しのけたりする恐れは極めて限定的だという点も合 わせて説明すれば、財政規律派の理解は得られるはずです。
7 議論を前進させるために――「農家保護」ではなく「都市住民への食料保険」
この政策を「農家保護」としてではなく「都市住民への食料保険」と再定義し、毎年度のコストとベネフィットを透明に公開するほうが議論は建設的に進みます。食品メーカーや物流企業など都市部の消費・サービスサイドを巻き込めば、食料安定供給が国民経済全体の保険であることが見えやすくなります。さらに5年後の政策レビューと明確な時限措置を宣言しておけば、「終わりなきバラマキ」という批判も大幅に和らぐと思います。
まとめ
米価高騰の根は、減反政策の継続、高齢化による離農、そして国際市況の逼迫という複合的かつ慢性的な要因であり、短期処方では到底追いつきません。EU 型の作物非依存・直接所得払いに切り替えれば、供給拡大と生産者再編を同時に進める持続可能なルートが開けます。年間4,000億円前後の財政負担は現行歳出で十分賄え、むしろ余剰資金を建設的に用いることになります。食料安全保障を優先し国内生産基盤を下支えすることこそ、将来世代への最良の「負債管理」であると考えます。